ボルトやナットを締める作業をするうえで欠かせない道具がトルクレンチです。車の整備や工場のライン作業など、トルクレンチが活躍する場面は多岐にわたります。自動車整備士として働きたいと考えている方は、トルクレンチの知識を身に付けておくと役に立つでしょう。
この記事では、トルクレンチの種類や選び方、基本的な使い方など、トルクレンチに関する基礎知識を網羅的に解説します。
トルクレンチについて
そもそもトルクレンチとは、どのような用途で使うものなのでしょうか。ここからはトルクレンチの概要や種類について紹介していきます。
トルクレンチとは
トルクレンチは、ボルトやナットを締め付けるときに使うレンチの一種です。ボルトやナットを締め付ける力には適切な強さがあり、強すぎても弱すぎても支障をきたします。そこで精密機器であるトルクレンチを使えば、適切な強さでネジ類を締め付けることができるようになります。
トルクレンチには、締め付ける力の強さを事前に設定したり、どれくらいの力で締め付けているのか測定したりする機能が付いています。これらの機能を活用することで、ボルトやナットを適正トルクで固定することができるのです。
トルクとは
トルクとは、ボルトやナットを締め付けるときの力の強さのことです。トルクの強さは「トルク(N・m)=加える力(N)×レンチの長さ(m)」という数式で表されます。つまり、レンチに加える力が大きいほど、用いるレンチが長いほどトルクは大きくなるのです。
この数式に当てはめると、例えば0.5mの長さのレンチに200Nの力を加えたときのトルクの大きさは100N・mということになります。
ボルトやナットにはそれぞれ適正トルクが規定されており、締め付け時のトルクが適正トルクよりも小さいと固定が緩む場合があります。一方、トルクが大きすぎると部品に負荷がかかって破損する場合があります。ボルトやナットを固定するときは、トルクレンチを使って適正トルクで締め付けることが大切です。
トルクレンチの種類
トルクレンチには、大きく分けてシグナル式と直読式の2種類があります。シグナル式は、あらかじめ設定したトルク値に達したときに、音や光、振動などで知らせてくれるタイプです。直読式は、目盛りの数値を自分で読み取りながら締め付けていくタイプで、作業しながら現在の締め付けの強さを知ることができます。
なお、トルクレンチのなかにはシグナル式と直読式の両方の特徴を兼ね備えているモデルもあります。
シグナル式
シグナル式のトルクレンチは、さらにプレセット型・単能型・外付け型(プレセット)という3タイプに分類できます。ここではそれぞれのタイプの特徴やメリット、どのような作業に適しているのかを解説していきます。
プレセット型
プレセット型は、シグナル式のトルクレンチとして最も広く普及しているタイプです。締め付け時にあらかじめ設定しておいたトルク値に達すると、「カチッ」というクリック音が鳴り、軽い振動が手に伝わります。
プレセット型は構造が単純で扱いやすいので、素早く作業をこなしていくことができます。そのため、連続的に同じトルクでボルトを締めていく作業などに最適です。
単能型
単能型は、特定の作業用にトルク値があらかじめ固定されているタイプのトルクレンチです。既定のトルク値に達すると、プレセット型同様のクリック音と軽い振動で合図をしてくれます。
目盛りも付いていないシンプルなデザインで、作業用途が決まっている場合は便利に使うことができます。単能型のトルクレンチには、空調配管のフレアナットや、自動車のホイールナット専用のものなどがあります。
外付け型(プレセット)
外付け型は、ハンドルとソケットの間に取り付けることでトルクレンチとして使えるようになるタイプです。所有している工具に取り付けるだけでトルクレンチとして使える手軽さが主な特徴です。設定トルク値を簡単に変更できるので、トルク値を幅広く設定して行なう作業などに適しています。
直読式
直読式のトルクレンチには、デジタル型・ダイヤル型・プレート型・外付け型(デジタル)という4つのタイプがあります。ここでは、それぞれのタイプの特徴やメリットなどについて解説します。
デジタル型
デジタル型のトルクレンチでは、現在の締め付けのトルク値が液晶画面に表示されます。シグナル式の性質も備わっており、あらかじめ設定したトルク値に達すると、光や音の信号で教えてくれるのが特徴です。
モデルによっては、設定値にある程度近づいた時点で信号を発するものもあります。また、測定データを外部のIT機器に転送できるモデルも存在します。
デジタル型のメリットは、現在のトルク値を確認しながら作業できるので、安心感があるという点です。素早く正確に作業をしたいときや、作業時のデータを残しておきたいときなどに役立ちます。
ダイヤル型
ダイヤル型は、アナログ式のダイヤルがトルクレンチのアーム部分に設置されているタイプです。シグナル式のように、設定したトルク値に達したときに知らせてくれる機能は付いていません。
最大の力で締め付けたときに目盛りに針が残る置針型を使えば、締め付けたトルクの大きさを記録することができます。ダイヤル型は作業用というよりも、主に検査用として使われているようです。
プレート型
レンチに目盛りが付いており、レンチのしなり具合と針の位置の差から、トルクの大きさを目分量で測定するタイプがプレート型です。構造が単純で、比較的安価に入手できるというメリットがあります。また、作業時に摩耗する部品が少ないので長く使うことが可能です。
ダイヤル式同様、あらかじめトルク値を設定する機能は備わっておらず、検査用に使われることが多いタイプです。
外付け型(デジタル)
ハンドルとソケットの間に取り付けて使う外付け型のなかでも、液晶画面に現在のトルク値が表示されるのが外付け型のデジタルタイプです。デジタル型のように、設定したトルク値に近づくと光や音などで知らせてくれます。
高精度でトルクを測定する、外部のIT機器にデータを転送する、などの機能が搭載された高性能モデルも市販されています。
汎用性が高く、トルク値をこまめに変えながら作業するときも便利に使えるタイプです。
トルクレンチの選び方
さまざまな種類があるトルクレンチの中から適切なものを選ぶためには、正しい選び方をおさえておくことが重要です。ここでは、作業用途、使用したいトルク値という2つの観点から、トルクレンチの選び方について解説します。
作業用途で選ぶ
トルクレンチには種類ごとに長所と短所があり、作業の内容に応じてタイプを選ぶ必要があります。
例えば、単一のトルク値での連続作業であればプレセット型が、精密な作業でトルク測定の精度を重んじるのであればデジタル型が適しているでしょう。また、締め付けトルク値を検査する用途であればダイヤル型やデジタル型が適しています。
使用したいトルク値から選ぶ
一般的に、トルクレンチは最大トルクの7~8割ほどのトルク値を設定して使うと長持ちするといわれています。そのため、「作業時に設定するトルク値÷70~80%」が最大トルクとなるトルクレンチを選ぶとよいでしょう。
例えば、75N・mのトルク値を設定して作業する場合は、最大トルクが100N・m程度のトルクレンチが最適ということになります。
トルクレンチの使い方
トルクレンチは適正トルクでネジ類を締めるために必要不可欠な道具ですが、正しく使わなければ用をなしません。ここからは、トルクレンチの適切な使い方を作業時の流れに沿って紹介していきます。
トルク値を設定する
トルク値の設定方法について、最も普及しているプレセット型のトルクレンチを例に解説します。
最初に、本体の後部に付いているロックつまみを解除の方向に回すか、グリップの上部に付いているロックリングを下げてロックを解除します。
次に、グリップを回して設定したい数値に目盛りを合わせましょう。
最後に、再びロックをかければトルク値の設定が完了します。
正しい位置を持つ
基本的に、トルクレンチでは作業時に握る箇所が指定されています。トルクの大きさが、中心点から力点までの距離と、力点にかける力の大きさで決まることは前述のとおりです。トルクレンチで作業する際に握る場所がずれていると、距離に誤差が生じて適正トルクで締め付けられなくなります。
こうした事態を防ぐために、多くのトルクレンチのグリップには握る場所を示すマークが付いています。このマークに中指がかかるようにグリップを握るとよいでしょう。マークが付いていない場合は、グリップの中心に中指をかけるようにします。
音がした後に再び締め付けない
シグナル式のトルクレンチでは、設定したトルク値に達したときに「カチッ」と音が鳴ります。このとき、さらに締め付けると再び音が鳴りますが、オーバートルクとなって部品に必要以上の負荷がかかります。トルク値を設定した意味がなくなるため、音が鳴ったら締め付けをやめるようにしましょう。
使い終わったら設定を元に戻す
プレセット型のトルクレンチは、内蔵されたスプリングでトルクを測定する構造になっています。作業するためにトルク値を設定したとき、このスプリングに負荷がかかる状態になります。
トルク値を設定したまま作業を終了すると、保管している間もスプリングに負荷がかかり続けます。その結果、トルクレンチの測定精度が下がったり、寿命が短くなったりする原因になりがちです。
作業が終わったら、トルク値を測定範囲の最低値に設定し直しておきましょう。
トルクレンチの取り扱いの注意点
トルクレンチは精密機器であり、取り扱い方法には気を付ける必要があります。ここでは、トルクレンチを扱う際に注意したいポイントを4つ紹介します。
衝撃を与えない
トルクレンチに衝撃を与えることで、トルク測定の精度が落ちる場合があります。そのため、落としたり投げたりしないように、慎重に扱うことが大切です。また、トルクレンチの加熱や凍結も精度が落ちる原因になるので気を付けましょう。
緩める用途では使わない
トルクレンチは基本的に、ネジ類を締め付けるときにのみ使う道具です。本来の向きではない緩める方向に力を加えると、測定の精度が落ちる恐れがあるため、緩める用途では使わないようにしましょう。
トルクレンチのなかには逆回転に対応しているモデルもありますが、これは逆ネジを締めるためであり、緩めるための構造ではありません。
定期的に点検・調整する
正しい使い方をしていても、トルクレンチの測定精度は徐々に落ちていきます。年に1回以上の頻度で、トルクチェッカーなどを用いて測定精度を点検するとよいでしょう。精度が落ちている場合は、修理に出すか、トルクレンチテスタで調整する必要があります。
適切に保管する
内部にホコリが入り込んだり、カビが生えたりすることによって、トルクレンチの測定精度が落ちる場合があります。高温多湿を避け、専用のケースに入れて適切に保管することを心がけましょう。
おわりに
どのようなトルクレンチを使うかは、作業用途に応じて決める必要があります。トルクレンチを選ぶときは、種類別の特徴を知り、自分の作業用途に合ったものを吟味することが大切です。衝撃を与えない、定期的に点検する、などのポイントに気を付けながらトルクレンチを正しく使っていきましょう。